| その八十三 ★芦田愛菜ちゃんはじめ子役がブレークしているが、大成しないといわれる子役から大スターになった元祖が昨年末に86歳で亡くなった高峰秀子さん。戦前から天才子役としてデコちゃんの愛称で親しまれ、数々の名監督と組んで日本映画の黄金期を確立した往年の映画女優だ。家計のために芸能界入りしたと言われる彼女の実生活とダブるのが、成瀬巳喜男監督との名コンビで生み出した1960(昭和35)年の作品『女が階段を上る時』。銀座のバーを舞台に、雇われマダムの悲哀をクールに描いている。★同じ監督の『流れる』(1956年)では、芸者の置屋の娘でありながら洋装で主張した彼女が、この作品では全編和服姿。モノクロの映像に映えるモダンな着物と、ジャズの調べにのったヒロインのモノローグがとにかくスタイリッシュだ。 ★実は衣装もデコちゃん自身が担当しており、身持ちの固い三十路の未亡人と言うヒロインを縞や無地の渋めの着物で見事に表現している。襦袢の豪華さを皮肉りながら金の無心をする母に『銀座の女はなりで勝負してんの』と言いながら、昼の外出にも兼用できるような着物ばかり選んで倹約していると反抗する彼女。粋な着物に懐かしのトッパーコートとショール、家ではウールに茶羽織といういでたちは、なるほどというスタイリングだ。特に目を引いたのが、無地と縦縞を片身変わりで仕立てた1着。黒のレースの手袋も重要なアイテムだ。 ★夜の女の転落を描いたストーリーは陳腐だが、デコちゃんの清々しい色気と美しさが退廃的な映像を際立てている。また時代は既に洋装が主流で、いにしえの銀座でも着物を着ているのは30代以上。つまり60年代から最近まで着物は晴れ着の時代に入り、自分で着られる人もグッと減ったのだろう。当店に嫁入り支度の未使用の着物を持ち込むのは50〜60代の女性が多く、着物を畳めない、半襟を付けられないと言う先輩方に寂しい気持ちを抱いていたのだが。なるほど、空白の時代だったのだ。(梶原志津) |