その八十七 ★今年3月、東日本大震災の追悼式典にご出席された皇后陛下を見て、仰天したのは私だけだろうか。モーニングの天皇陛下の横に立った美智子様は、何と五つ紋の黒紋付姿。ロイヤルファミリーの和装喪服姿を見た事はなかったし、事実公式行事に黒紋付で出席した皇后は美智子様が初めてのはずだ。後に宮内庁の発表で、心臓手術後間もない天皇陛下が万一転倒しても、ハイヒールより草履の方がとっさに対応できるとの判断で和装を選ばれたということが分かった。宮内庁が明かす必要があるほど、皇室にとっても異例の事だったのだ。 ★以前、皇室の正装について書いたが、大正4年の皇室令によって対外的な正装は洋装と決まっていて、女性皇族の喪服は黒のフォーマルドレスに黒ベールの帽子が定番。昭和天皇の大喪の礼はもちろんのこと、母正田富美子さんの葬儀でも美智子様は洋装だった。言わば黒紋付は庶民の正装であり、民間出身の美智子様だからこそ実現したことだろう。ご本人も膝がお悪いとの事だし、和装の方が楽なのは確か。何より、大災害を悼む国母として、和装は親しみを持って迎えられたのではないかと思う。 ★タカラジェンヌの正装は黒紋付にオリーブの袴と決まっているが、男性と違って留袖がある女性にとって、一般に黒の五つ紋は弔事、つまり喪服以外に出番がない。そこで気になったのが、美智子様が二重太鼓をお召しだったように見えた事。少なくても名古屋では、喪服には一重太鼓の名古屋帯が普通。『哀しむが重ならないように』というのが理由だ。また、黒扇子も見慣れなかった。つや消し黒骨の喪扇という物があるようだが、いわゆる喪服セットには入っていないし、一般にはあまりお目にかかった事がない。慶事には欠かせない礼装扇子は『末広』と呼ばれる通り、慶びを表現するものなのだ。★とにかく、十六八重表菊、俗に菊の御紋が五つ入った黒紋付を見るのは、最初で最後だったかも知れない。それほど、センセーショナルだった事は確かだ。(梶原志津) |