蘭丸がゆく   その二百三十一

★悉皆(しっかい)という言葉をご存知だろうか。『悉皆成仏』というのは、動物も草木も万物悉(ことごと)く成仏するという意の仏教用語だが「ことごとく』というのは残らず、すっかりという意味で、和服を手入れする生業の事も悉皆と言う。何年も、何回も洗って仕立て直しを繰り返し、場合に寄っては染め直しなども経て新たな命を吹き込む悉皆屋。受け継いだ大事な着物は私も手入れをしてきたが、プロに『もういいんじゃない?』と言われる事もある。悉皆往生である。

★絹が生き物だと感じる瞬間は多い。試着では何ともなくとも、その後断末魔の如く叫びをあげて果てる事がある。全く着られていない物にむしろ多いのだが、纏ってもらう瞬間を待っていたように絶命する。そんな往生際を何度も見た。反対に、よく着られていた物は元気だ。染みなども先の悉皆に出せば新品のように生まれ変わる事もあるが、それなりに費用がかかるので商品にするのは難しい。そこで、解いて洗って、帯や小物などに作り替えている。着物としてはもう着られないが、端切れになるまで、命を全うするまで使い切る事もまた、悉皆なのである。★長年手入れを迷っていた着物を沢山抱えていたが、断捨離を始めて躊躇無く解くことにした。毎日ひたすらに解き、痛んだ部分を取り除くというなかなかに貧乏臭い作業を続けているが、着物地で洋服を作っているカナダ人男性のインタビューを読んで驚いた。『初めて着物を見たとき、世界一美しい布と思った。小さな布も大切にし、世代を超えて着る成り立ちを尊敬している』と。そして、仕立てられたものはそのまま着た方が良いからと、反物からスーツなどを仕立てておいでのようだが、端切れを金糸で繋いで『金継ぎ反物』という物も作っているらしい。金継ぎもまた、日本が誇るサスティナブルなスキルではあるが、それもご存知とは。そのブランドは『ichijiku(イチジク)』と言う。是非お会いしてみたいものである。(梶原志津)